サミュエル・バーバー

Samuel Barbar1910-1981

アニュス・デイop.11/弦楽のためのアダージョ

 

<作曲者>

サミュエル・バーバーは1910年、アメリカ合衆国、ペンシルベニア州ウェストチェスターで、外科医の父とアマチュアピアニストの母の間に生まれました。 7歳で既に作曲をはじめ、14歳でフィラデルフィアのカーティス音楽院に入学し、作曲、ピアノ、声楽、指揮法を学びました。 在学8年間のうちにコロンビア大学のバーンズ賞を2回受賞(ヴァイオリンソナタop.41928年、序曲「悪口学校」op.51933年)。 最優等を得て卒業した後にも、1935年にはピュリッツアー賞とアメリカ・ローマ大賞を得て、同年、ローマのアメリカ学士院より奨学金を得て、翌1936年からイタリアへ留学しました。

同世代のパリに留学したアメリカ人作曲家、たとえばコープランドやカーターなどと違って、モダニズムや実験的姿勢に傾倒せず、伝統的な和声法や楽式を用いて書かれた彼の作品は、豊かで華麗な旋律が特徴的で、バーバーは新ロマン主義音楽の作曲家に分類されます。 同じイタリア留学組のハワード・ハンソンと並んで、「最後のロマンティスト」などと評されています。

 

 

 

<弦楽のためのアダージョ/アニュス・デイop.11

 

 

イタリアでは1936年に『弦楽四重奏曲第1番ロ短調op.11』を作曲、翌年、この第2楽章を弦楽合奏用に編曲した『弦楽のためのアダージョ』がトスカニーニ指揮、NBC交響楽団によりニューヨークで演奏され、その後バーバーの代表作として広く親しまれるようになりました。

 

 

アメリカでこの曲が有名になったのはジョン・F・ケネディの葬儀(1963)で使用されてからで、そのため、訃報や、葬送などでの定番曲のように使われるようになりました。バーバー自身は「葬式のために作った曲ではない」と不満を述べています。 バーバーは、おそらくこの曲が標題音楽(物語性を伴う)ではないことを言いたかったのだと思われます。具体的な「葬送」という限定された物語の表現ではなく、純粋に音楽として聴いてもらいたいということだったのでしょう。

 

本人曰く、葬送のための音楽ではありませんが、この曲には世界情勢の不安のようなものが投影されていたのかもしれません。

バーバーが4歳のときに第1次世界大戦が始まりました。「弦楽のためのアダージョ」が作曲された1936年は、ドイツにのヒトラー政権の支配が始まり(1933年)、イタリアはムッソリーニ政権下でファシズムが台頭し、世界は第二次世界大戦に向かう不安に包まれていました。

 

それにしても作曲者にその気がなかったとしても、この曲は悲しみを表現するのに適していたようです。前述のジョン.F.ケネディの葬儀だけではなく、アメリカ映画「プラトーン」「エレファントマン」の挿入曲のほか、TVドラマ『ER緊急救命室第Xシリーズ』、韓国ドラマ『冬のソナタ』、などにも効果的に用いられています。そこに響く透明で美しい音楽は、ただ悲しみのためだけに在るのではなく、苦難に立ち向かう人間の気高さを感じさせてくれる人類への応援曲でもあるのです。つまりこの作品には、絶望の悲しみはなく、希望への祈りが息づいているようです。

 

一方、バーバー自身ももっと積極的にこの曲を平和への祈りに転用しようと考えました。その結果が1967年に合唱曲として作り直された「アニュス・デイ」です。 「アニュス・デイ」が作られた時代はベトナム戦争が泥沼化して、多くのアメリカの若者が命を散らしていました。バーバーはこのことに心を痛め、戦争の終結と平和を願ってこの作品を発表しました。ベトナム戦争を扱った「プラトーン」にこの音楽が使われたのには必然性があったと思われます。

曲は、すすり泣く様な旋律と、中間部終わりの激しく突き上げる慟哭のようなクライマックスが印象的な作品です。50小節からの3小節がこの曲の最大音量で歌われるが、それまでテーマを繰り返しながら長い長いクレッシェンドが続いてこの部分で興奮が頂点を迎えるのです。

 

そしてこの後のppでの和音の変化が聴きどころ、Fes-durD-durh-mollC-durF-durのうつろいは本当に美しい、これをPPで歌うのは大変!なんです。

 

 

<曲が使用された主な式典>

 

*昭和天皇の崩御の際/NHK交響楽団の演奏

*第二次世界大戦後のGHQ占領下の日本での最初のラジオ放送

*ジョン・F・ケネディの葬儀で演奏

*アメリカ同時多発テロから1年後のニューヨーク世界貿易センタービル跡地での慰霊祭

*東日本大震後/仙台フィルによる復興コンサート

<使用された映画など>

1986年公開のアメリカ映画『プラトーン(Platoon)』、1980年『エレファント・マン(The Elephant Man)』など、いくつかの映画のBGMとして使用された他、アメリカのテレビドラマ『ER緊急救命室第Xシリーズ』、韓国ドラマ『冬のソナタ』ほか多数。

 

(馬岡/テノール)